泉養寺門前(読み)せんようじもんぜん

日本歴史地名大系 「泉養寺門前」の解説

泉養寺門前
せんようじもんぜん

[現在地名]江東区猿江さるえ二丁目

猿江町の北側にある泉養寺の門前町屋。北は広済こうさい寺、西は下総古河藩土井家下屋敷、東は泉養寺境内に接し、門前の表(西方)四之橋しのはし通に面している。文政町方書上によると、延享三年(一七四六)泉養寺が寺地のうちの三六〇坪を門前町屋としたい旨願出て認められ成立。支配は成立当時から町方支配。西葛西にしかさい領のうち。町内総間数は田舎間で三〇間。表門より南側が南北表間口・裏幅とも一五間、東西は裏行が南方一五間・北方一〇間。表門の北側が南北表間口・裏幅とも一五間、東西は裏行一〇間。家数三、うち家守一・地借二。明治二年(一八六九)深川泉養寺町と改称、のち猿江裏町に合併。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む