法寺岡村(読み)ほうじおかむら

日本歴史地名大系 「法寺岡村」の解説

法寺岡村
ほうじおかむら

[現在地名]永平寺町法寺岡

九頭竜くずりゆう川の南岸山麓に集落が位置する。東は永平寺川を挟んで東古市ひがしふるいち村、西は志比境しひざかい(現松岡町)。村内を勝山街道が通る。

慶長三年(一五九八)七月二〇日付越前志比庄内傍尓岡村御検地帳(法寺岡区有文書)に「傍尓岡村」と記され、分米一七一・六五六石、田畠一〇町八反余。同六年九月九日付山川菊松宛の結城秀康知行宛行状(山川家文書)には「志比領 ほうし岡村」と記され、同一一年頃の越前国絵図では志比下しひしも庄内に含まれていたと思われる。同一二年三月二九日付内検名寄帳(法寺岡区有文書)によると、川崩後の検地であったようで、分米は慶長三年の検地帳と同じであるが、田畠数は七町二反余(田方五町四反余・畠方一町八反余)に減じている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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