日本歴史地名大系 「法寺岡村」の解説
法寺岡村
ほうじおかむら
[現在地名]永平寺町法寺岡
慶長三年(一五九八)七月二〇日付越前志比庄内傍尓岡村御検地帳(法寺岡区有文書)に「傍尓岡村」と記され、分米一七一・六五六石、田畠一〇町八反余。同六年九月九日付山川菊松宛の結城秀康知行宛行状(山川家文書)には「志比領 ほうし岡村」と記され、同一一年頃の越前国絵図では
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
慶長三年(一五九八)七月二〇日付越前志比庄内傍尓岡村御検地帳(法寺岡区有文書)に「傍尓岡村」と記され、分米一七一・六五六石、田畠一〇町八反余。同六年九月九日付山川菊松宛の結城秀康知行宛行状(山川家文書)には「志比領 ほうし岡村」と記され、同一一年頃の越前国絵図では
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...