地方文書(読み)ジカタモンジョ

デジタル大辞泉 「地方文書」の意味・読み・例文・類語

じかた‐もんじょ〔ヂかた‐〕【地方文書】

江戸時代、村において行政上の必要から作成された文書・記録類。村を単位に大量の文書・記録類が作成され、今日旧名主庄屋など村役人を務めた旧家などに伝来している。村方文書

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「地方文書」の意味・わかりやすい解説

地方文書
じかたもんじょ

江戸時代につくられた農村古文書総称。通常は名主(なぬし)・庄屋(しょうや)など旧村役人の家に伝存された古文書類をさし、在方(ざいかた)文書、村方(むらかた)文書ともいう。また何村文書、名主(庄屋)文書など、旧村や旧役職名を冠してよばれることもある。江戸時代の村は行政単位の末端にあり、それが成立した太閤(たいこう)検地(1582~98)の時期から、解体した地租改正期(1873)、または1888年(明治21)の市町村制の成立期までを含む。その多くは領主支配との関係で作成された公文書で、当時の主要な行政が文書による通達で行われるようになったことと、原則的には永久保存が図られていたため、近年まで旧村ごとに多量の地方文書が残されていた。たとえば神奈川県(1868年の町村数945)の古文書は所蔵者数2400で文書総数25万点であるが(1972)、そのほとんどが地方文書である。旧村に現存する地方文書が数千点あるいは1万点を超す例もけっしてまれではない。それらのうちとくに重要な公文書は、名主・庄屋の交代の際に書類目録とともに引き継がれ、あるいは郷蔵(ごうぐら)の車長持(くるまながもち)に収められて火災の難から逃れやすいように配慮されていた。おもなものに次のようなものがある。

 御用留(ごようとめ)は法令や村々の廻状(かいじょう)・公務書状類を、布達されるごとに書き留めたもので、領主支配の様相を具体的に示すものである。五人組帳もこれと並び、その前書きは農民が日常守るべき治安・貢納の義務と、その相互監視の規定、生活規範に関する教訓など箇条書きの法令であり、続いて5戸前後の近隣を組み合わせて連帯責任の単位としている。検地帳名寄(なよせ)帳は土地台帳で、村内の田畑・屋敷地の面積・石高(こくだか)と、その所持者たる本百姓とが記録されている。年貢割付状(免定)と皆済(かいさい)目録は村を単位とする年貢徴収の令状と、納付済みを証する領収書で、ともに領主より村方に発給された。地方文書のうちでももっとも残存率が高く、年貢制度の変遷や年々の賦課額を比較することができるものである。このほかの貢租関係文書としては、国役(くにやく)金・助郷(すけごう)人馬役・鷹場人足(たかばにんそく)役・山野役永などの諸帳簿がある。戸籍はキリシタン宗門改(あらため)と複合して宗門人別帳(にんべつちょう)が作成されたが、家族ごとの労働力調査でもあり、牛馬数や土地所持高が併記されている場合が多い。村明細帳は領主の交替や特定の調査、巡見使の廻村に際し村柄を書き上げたもので、年代や事項の違いはあるが、しだいに詳細な記述が増える傾向があり、村況を概観しうる。また村落の財政は通常、村役人が立て替え払いをして村入用帳に付け込んでおき、年末に村民から徴収して清算した。このほか用水・秣場(まぐさば)などの入会(いりあい)慣行について紛争が起こった地域では、訴訟関係文書や村々議定書があり、道橋・河川などの土木普請(ふしん)関係文書なども一般に数多い。地方文書のなかには、私的な経営・交際などに関する私文書も含まれる。小作(こさく)証文や質地証文など土地の売買貸借証文類、地主経営帳簿、農間余業の帳簿や証文、在方商の経営書類、慶弔の際の到来品帳簿や会計記録、屋根替えの際の人足貸借の記録、農業日記、伊勢(いせ)参宮餞別(せんべつ)帳など、地域や文書伝存者の性格により多種多様のものがある。

 地方文書は大正時代より社会経済史の史料として利用され始めたが、とくに太平洋戦争後、地方史研究の盛行と相まって、江戸時代史研究の主要史料とされているが、大量のうえに地域差もあって未整理・未利用のものも多くある。また旧村役人家でもあった地主層の没落、生活様式の変化などによって散逸しつつあり、すでに史料館・文書館などへ移管されたものもあるが、保存対策が急がれている。

[北原 進]

『北原進・村上直編『日本古文書学講座7 近世編Ⅱ』(1978・雄山閣出版)』『木村礎編『地方史マニュアル2 文献資料調査の実務』(1974・柏書房)』『児玉幸多編『古文書調査ハンドブック』(1983・吉川弘文館)』『北原進著『近世農村文書の読み方調べ方』(1981・雄山閣出版)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「地方文書」の意味・わかりやすい解説

地方文書
じかたもんじょ

江戸時代,農山漁村で接受もしくは作成された文献史料の総称。町方文書と合せて庶民史料と呼ぶこともある。ここで文書とは,日本古文書学上の「文書」に限定されないさまざまな形式,内容をもった公私の記録,帳簿,書類などをさす。地方文書にはいまなお村役人をした家や新行政区の役場などに保存される村方文書,農家,社寺などに伝わる私文書があり,社会,経済上の変化を知るうえや学術,鑑賞上の関心から買得,受贈,引継ぎなどによって収集家や架蔵施設に移蔵されたり,謄写,撮影されたりする場合も少くない。

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世界大百科事典(旧版)内の地方文書の言及

【古文書】より

…歴史資料の一つ。
[定義]
 広義の古文書とは,古い書付のことを広くいい,古記録や古典籍,さらには系図まで含めていう。たとえば冷泉家古文書というのがこれであるが,この広義の使い方はかならずしも学問的な厳密なものではない。狭義の古文書とは,差出人から受取人に対して,差出人の意思を表明するために作成されたものと規定できる。したがって古文書の要件としては,差出人と受取人の名がそろっていることであるが,願文(がんもん)のように神仏に捧げられたもの,禁制さらには法典のように受取人が不特定多数の場合もある。…

【村方文書】より

…地方(じかた)文書,名主文書,庄屋文書ともいい,日本近世の村で作成された文書類(日記などの記録類や絵図などを含む)の総称。村方文書の多くは領主との関係において作成された公文書であるが,これとは別に私的な文書も各種のものが作成された。…

※「地方文書」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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