法恩寺横続北本所代地町(読み)ほうおんじよこつづききたほんじよだいちちよう

日本歴史地名大系 「法恩寺横続北本所代地町」の解説

法恩寺横続北本所代地町
ほうおんじよこつづききたほんじよだいちちよう

[現在地名]墨田区太平たいへい二丁目

みなみ本所ほんじよ出村でむら町の法恩寺東続き飛地分の西にあり、西も同町、南は武家地、北は柳島やなぎしま村。もとは北本所村の内であったが、元禄六年(一六九三)阿部対馬守屋敷とするため上地となり、法恩寺横の当地に代地を与えられた。宝永二年(一七〇五)に家作御免の町屋となり、正徳三年(一七一三)町奉行代官の両支配となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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