法華坊(読み)ほつけぼう

日本歴史地名大系 「法華坊」の解説

法華坊
ほつけぼう

[現在地名]加賀市大聖寺法華坊町だいしようじほつけぼうまち

鷹匠たかじよう町の南東にあり、北東部を大聖寺川が流れる。永禄元年(一五五八)当地に創建された法華坊は延宝元年(一六七三)やましたに移って宗寿そうじゆ寺となった(江沼郡誌)。大聖寺川はもと当地の南から西をめぐって流れていたが、たび重なる氾濫山田やまだ町・鍛冶かじ町・あら町では家や土蔵の土台石まで危険な状態となった。これらの町の陳情で藩が改修に乗出し、延宝元年現水守みずもり神社の地から福田ふくだ橋へまっすぐに河道を掘って新流路とし、旧河道は埋められた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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