日本歴史地名大系 「法量村」の解説
法量村
ほうりようむら
[現在地名]十和田湖町法量
寛政年間(一七八九―一八〇一)の「邦内郷村志」の深持村の項に深持法量として蔵分四二一・一石余、給分二八五・一石余とある。深持村の支村と家数は法量六、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
寛政年間(一七八九―一八〇一)の「邦内郷村志」の深持村の項に深持法量として蔵分四二一・一石余、給分二八五・一石余とある。深持村の支村と家数は法量六、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...