法量村(読み)ほうりようむら

日本歴史地名大系 「法量村」の解説

法量村
ほうりようむら

[現在地名]十和田湖町法量

八甲田(はつこうだ)渓谷に発する熊ノ沢(くまのさわ)川・中里(なかさと)川の流域および奥入瀬(おいらせ)川の上流左岸に位置し、西北部は乗鞍(のりくら)岳・黒(くろ)森・高田大(たかだおお)岳が連なる。北は七戸(しちのへ)村(現七戸町)、東は深持(ふかもち)村(現十和田市)、南は奥瀬(おくせ)村におおむね接する。

寛政年間(一七八九―一八〇一)の「邦内郷村志」の深持村の項に深持法量として蔵分四二一・一石余、給分二八五・一石余とある。深持村の支村と家数は法量六、淵沢(ふちさわ)五、片貝沢(かたかいざわ)五、小倉(こくら)六、百目木(どめき)一一、漆畑(うるしはた)六、山口(やまぐち)四、雨量寺(両泉寺か)一一、中里九、川台(かわだい)五、山屋(やまや)五、鳥谷附(とりやづく)五、萩岫(はぎのくき)五、増沢(ますざわ)三、府金(ふがね)五、石渡(いしわたり)六、中村(なかむら)一、蓬畑(よもぎはた)四、長沢(ながさわ)一〇、熊野沢(くまのさわ)四、川口(かわぐち)九となっているが、これはほぼ後年の法量村の地域である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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