津守村(読み)つもりむら

日本歴史地名大系 「津守村」の解説

津守村
つもりむら

[現在地名]大分市津守

大分川右岸の肥後街道に沿い、米良めら川を挟んで片島かたしま村の南に位置する。村域中央にある丘は碇島いかりじま(現碇山)とよばれ、古代この近くまで入江で船の碇を下ろしたと伝える(雉城雑誌)。中世津守庄の遺称地。字常元つねもとは同庄恒元つねもと名の遺称地。慶長豊後国絵図に村名がみえ、高二千四六三石余。正保郷帳には仲津留村と記され、田高三五七石余・畑高三一九石余、津守庄に所属。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む