津守村(読み)つもりむら

日本歴史地名大系 「津守村」の解説

津守村
つもりむら

[現在地名]大分市津守

大分川右岸の肥後街道に沿い、米良(めら)川を挟んで片島(かたしま)村の南に位置する。村域中央にある丘は碇島(いかりじま)山(現碇山)とよばれ、古代この近くまで入江で船の碇を下ろしたと伝える(雉城雑誌)。中世津守庄の遺称地。字常元(つねもと)は同庄恒元(つねもと)名の遺称地。慶長豊後国絵図に村名がみえ、高二千四六三石余。正保郷帳には仲津留村と記され、田高三五七石余・畑高三一九石余、津守庄に所属。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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