津慈村(読み)つじむら

日本歴史地名大系 「津慈村」の解説

津慈村
つじむら

[現在地名]鳴門市大麻町津慈おおあさちようつじ

川崎かわさき村の西にあり、吉野川(現旧吉野川)が南部を北西から南東に流れる。南は乙瀬おとぜ(現藍住町)。斎藤国巌により開拓されたといわれ、村名は古くは国巌こくがん、天正年中(一五七三―九二)津地、その後は辻、万治(一六五八―六一)頃から津慈と称したという(郡村誌)。天正一七年一一月の検地帳(板野郡誌)には田分九五石余・畠分居屋敷共五六石余、高合せて一五六石余とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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