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津金文左衛門 つがね ぶんざえもん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

津金文左衛門 つがね-ぶんざえもん

1727-1802* 江戸時代中期-後期の武士。
享保(きょうほう)12年9月9日生まれ。尾張(おわり)名古屋藩士。勘定奉行をへて熱田奉行兼船奉行。熱田前新田に入植した加藤景遠・民吉父子に染付磁器の技法を研究させ,その完成につくした。享和元年12月19日死去。75歳。名は胤臣(たねおみ)。字(あざな)は子隣。号は鴎洲,黙斎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

津金文左衛門

没年:享和1.12.19(1802.1.22)
生年:享保12.9.9(1727.10.23)
江戸中期の尾張(名古屋)藩士。胤忠の長男。名古屋生まれ。諱は胤臣,幼名新丞,字は子隣,号は鴎洲,黙斎。幼少より文武にすぐれ,寛保2(1742)年に家督を相続。勘定奉行などを経て,寛政3(1791)年熱田奉行・船奉行。同12年熱田海岸の開拓を開始,翌年349町余の熱田前新田の造成に成功した。また,新田耕作者のなかにいた瀬戸村の陶工,加藤吉左衛門,民吉父子を新田に窯を築くなどして保護。のちに窯を知多に移し同地の窯業活発化のきっかけをつくった。その死は,藩財政悪化の責任をとっての自殺という説もあるが,昭和3(1928)年産業振興の功によって正五位が贈られた。<著作>『陶器法伝記』

(大石学)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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