浄照田庄(読み)じようしようでんしよう

日本歴史地名大系 「浄照田庄」の解説

浄照田庄
じようしようでんしよう

三箇院家抄(内閣文庫蔵大乗院文書)に「三十三浄照田北円堂七町五反或七丁二反半」とある。興福寺大乗院領荘園であり、同寺北円堂は預所と考えられる。七町五反のうち「北円堂供」は三町二反であり、その他は極楽坊(現奈良市元興寺内か)等の寄進田などから成る散在性荘園と考えられる。「大乗院雑事記」の応仁二年(一四六八)一〇月二日条には「辰市大安寺浄照田」とみえ、その所在は現からもも町・大安寺だいあんじ町辺りに比定されよう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む