杏村(読み)からももむら

日本歴史地名大系 「杏村」の解説

杏村
からももむら

[現在地名]奈良市杏町

八条はちじよう村の南部、旧朱雀大路と東一坊大路近傍にある。南は西九条さいくじよう村である。「からもも」は唐門からもん(羅城門)転訛か。三箇院家抄(内閣文庫蔵大乗院文書)には「至徳元年六月日注進状 一反カラモヽ二反大安寺」とある。また「大乗院雑事記」明応元年(一四九二)八月二八日条には「辰市ニ杏郷号小莚也大乗院重色御領也」とあり、「経覚私要鈔」には「辰市唐桃郷」と記す。


杏村
からももむら

[現在地名]梓川村大字梓 杏

梓川扇状地の扇頭に位置する。温堰ぬるせぎ沿いにある村落。初見は文明八年(一四七六)下諏訪春秋両宮御造宮帳で、籾八俵(此代一貫六〇〇文)を所役している。慶安四年検地帳によると、田五町九段、畑五町一段で、田と畑の面積が相半ばしている。村高は一五〇石で、慶安年代(一六四八―五二)以降あまり増加していない。

安永七年(一七七八)に三七〇俵の年貢の滞納者(一〇人)があって、村方から一五ヵ年賦返済の願を大庄屋あてに出している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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