浅利与一(読み)あさり よいち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「浅利与一」の解説

浅利与一 あさり-よいち

1149-1221 鎌倉時代の武士
久安5年生まれ。武田信義の弟。逸見流弓術の創始者逸見清光の子。壇ノ浦戦いで,平家方の武将仁井親清(にい-ちかきよ)を遠矢にいてその胸をつらぬき武名をあげた。また城資盛(じょう-すけもり)を攻めたときにはその叔母勇婦といわれた板額(はんがく)を捕らえ,のちに将軍源頼家の許しをえて妻とした。承久(じょうきゅう)3年死去。73歳。名は義遠,義成,遠忠。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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