浅田知定(読み)アサダ トモサダ

20世紀日本人名事典 「浅田知定」の解説

浅田 知定
アサダ トモサダ

明治・大正期の官僚,実業家 新高製糖取締役



生年
文久2年(1862年)

没年
大正15(1926)年10月16日

出身地
福岡県

学歴〔年〕
帝国大学卒

経歴
内務省入省台湾総督府で製糖事業の改善発展に努める。明治40年退官。東洋製糖の創立者の一人で同社専務、のち新高製糖取締役を務めた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「浅田知定」の解説

浅田知定 あさだ-ともさだ

1862-1926 明治-大正時代の官僚,実業家。
文久2年生まれ。内務省にはいり,台湾総督府で製糖事業の改善,発展につとめる。明治40年退官し,東洋製糖の創立者のひとりとして専務,のち新高(にいたか)製糖の取締役。両社とものち大日本製糖に吸収合併された。大正15年10月16日死去。65歳。福岡県出身。帝国大学卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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