浅草南清島町(読み)あさくさみなみきよしまちよう

日本歴史地名大系 「浅草南清島町」の解説

浅草南清島町
あさくさみなみきよしまちよう

[現在地名]台東区元浅草もとあさくさ二丁目

浅草清島町が新寺町しんてらまち(現浅草通)を境に南北に分けられ、明治五年(一八七二)に浅草南清島町が成立。このとき旧浅草新寺町通下谷車坂あさくさしんてらまちどおりしたやくるまざか町・浅草六軒あさくさろつけん町・浅草あさくさ等覚寺とうがくじ門前が当町に属し、さらに等覚寺寺地を合併した。真宗大谷派等覚寺は浅倉山一乗いちじよう院と号し、開基慶専は越前の戦国大名朝倉義景の子という。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む