浅草西村(読み)あさくさにしむら

日本歴史地名大系 「浅草西村」の解説

浅草西村
あさくさにしむら

[現在地名]大垣市浅西あさにし・浅西町

水門すいもん川右岸の低湿地に開け、大垣輪中の南部に位置する。北は浅草中村。正保二年(一六四五)に開発されたという浅草新田に属し、のち浅草三郷の一村となる。江戸時代は大垣藩領。正保郷帳には釜笛かまふえ村の内として浅草新開の名がみえる。貞享二年(一六八五)の大垣領村々高帳には浅西村五一六石余・同村烏江舟付からすえふなつき分三二石余・同村横曾根よこぞね分七七石余とある。元禄郷帳には浅草西村とみえ、高八九五石余、元禄郡高寄帳には新村と注される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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