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浅野忠 あさの ただす(ただし)

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美術人名辞典の解説

浅野忠

幕末の広島藩士。広島藩家老・三原城主。安芸広島生。通称主殿・大和・遠江・飛騨・仲之丞・忠助、名は忠厚、号は榎蔭。忠順の子。家老として藩政改革力を入れるが、藩主浅野長訓に入れられず一時帰国。三原では兵制を改革、洋学館を設置し藩士を教育。文久2年(1862)再び家老職につき諸政の改善に努めた。維新後は厳島神社・淡路伊弉諾神社宮司を務めた。明治25年(1892)歿、74才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

浅野忠 あさの-ちゅう

あさの-ただし

浅野忠 あさの-ただし

1819-1892 幕末-明治時代の武士,神職。
文政2年10月18日生まれ。備後(びんご)(広島県)三原城主で,広島藩家老。ペリー来航を機に藩政改革に着手したが失敗。一時三原にかえり,洋式兵法を採用し,砲台をきずいた。のち藩政に復帰して軍制を整備。明治5年厳島(いつくしま)神社宮司。明治25年11月14日死去。74歳。初名は忠助,のち忠厚。通称は遠江,主殿,大和,飛騨。号は榎蔭。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

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