浦福田村(読み)うらふくだむら

日本歴史地名大系 「浦福田村」の解説

浦福田村
うらふくだむら

[現在地名]竹原市福田ふくだ

忠海ただのうみ村の西に位置し、東北は小泉こいずみ(現三原市)、西は高崎たかさき村。東に当村ひがし滝谷たきのたにから流れる東川、中央を西にし川が流れ、小島こじま新開脇の海に注ぐ。西の大乗おおのり川は北の南方みなみがた村境より流れる。「芸藩通志」は「郡内福田村多し、故にこゝを浦福田とよぶ」と記す。豊田郡に属した。

延徳三年(一四九一)八月六日付の小早川敬平自筆所領目録(小早川家文書)に「高崎并福田浜」とあり、高崎浦に含まれている。元和五年(一六一九)の安芸国知行帳でも、二五四石余と一二石余の二筆に分けて記された高崎村の内に含まれていたと思われる。「国郡志下調書出帳」に記される寛永一五年(一六三八)の総畝数は一二町一畝二一歩(ただし寛政四年・同一三年の指出帳は寛永一五年検地畝数をともに一五町八反九畝二一歩と記す)と少なく、このうち田方が八町六反余、畠方が三町一反余であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む