海神城跡(読み)かいじんじようあと

日本歴史地名大系 「海神城跡」の解説

海神城跡
かいじんじようあと

[現在地名]春江町井向

北方を兵庫(ひようご)川の蛇行をもって防御線とし、その南岸の自然堤防上にある。字堀田(ほりた)を本丸とし、西側の字腰堀(こしぼり)に二(に)ノ丸(まる)の通称をとどめ、両者間の細い水路に架かる橋を中城(なかしろ)橋とよぶ。堀田に居を占めた岡部氏は坂井郡の豪族堀江氏の末裔と伝える。永禄一〇年(一五六七)堀江氏の乱によって加賀に逃れたが、のち織田信長に仕え、寛永元年(一六二四)利直の時、その祖堀江景重の城跡を修築して居館とし、寛政五年(一七九三)直教の時、三河国西尾藩主松平乗完に仕えて岡部姓を賜ったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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