日本歴史地名大系 「井向村」の解説
井向村
いのむかいむら
[現在地名]春江町井向
兵庫川南岸の自然堤防上に、慶応四年(一八六八)三個の銅鐸が出土した井向遺跡がある。発見当時の状況は必ずしもつまびらかでないが、二個の銅鐸は互いにその基底部を差込み、そのなかに貨幣様のものを包蔵していたと伝える(「福井県史蹟勝地調査報告」第一冊・福井県内務部・一九二〇年)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
兵庫川南岸の自然堤防上に、慶応四年(一八六八)三個の銅鐸が出土した井向遺跡がある。発見当時の状況は必ずしもつまびらかでないが、二個の銅鐸は互いにその基底部を差込み、そのなかに貨幣様のものを包蔵していたと伝える(「福井県史蹟勝地調査報告」第一冊・福井県内務部・一九二〇年)。
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