清住町続海辺大工町代地町(読み)きよすみちようつづきうみべだいくちようだいちまち

日本歴史地名大系 の解説

清住町続海辺大工町代地町
きよすみちようつづきうみべだいくちようだいちまち

[現在地名]江東区清澄きよすみ一―二丁目

四ヵ所に分散されて置かれた海辺大工町代地の一で、清住町の東隣に位置する片側町深川清住町続深川海辺大工ふかがわきよすみちようつづきふかがわうみべだいく町代地町・深川海辺大工町代地町とも称した。北は霊雲れいうん院、南は旗本・御家人屋敷、東は美作津山藩松平(越前)家抱屋敷。文政町方書上によると、元禄一〇年(一六九七)海辺大工町かみ町の四反余の土地が船手方役屋敷となったため代地が与えられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む