清助町(読み)せいすけまち

日本歴史地名大系 「清助町」の解説

清助町
せいすけまち

[現在地名]能代市清助町

能代町の西端、北に浜通(はまどおり)町、南に盤若(はんにや)町、東に大手(おおて)町・川反(かわばた)町があり、西は能代湊。享保七年(一七二二)の能代町絵図(能代市役所蔵)に清助町の名があり、寛保元年(一七四一)の「代邑聞見録」に「清助町 永禄年中建」とある。「代邑聞見録」は能代の最も古い町立は大(おお)町・上(かん)町などで弘治二年(一五五六)としているが、それ以前は姥が懐(うばがふところ)に村居があったとする。姥が懐は現日和(ひより)山下に比定されるので、清助町は日和山下と大町の中間に位置することになり、永禄年中(一五五八―七〇)の早い時点で町立が行われたと思われる。

享保一五年の「六郡郡邑記」に「元禄年中川向旧能代より移る。清助と云肝煎相勤に付町名とす、百七十二軒」とある。野代山王社由来記は日吉神社の縁起に関係する漁師の名をとり、「専介町」と記している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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