清巌寺町(読み)せいがんじまち

日本歴史地名大系 「清巌寺町」の解説

清巌寺町
せいがんじまち

[現在地名]宇都宮市大通おおどおり五丁目・仲町なかまち千波町せんなみまち

南は新宿しんじゆく町、東は上河原かみがわら妙正みようしよう寺に接し、北は塙田はなわだ村、西はおおぎ町に続き、東西の町。もとは上河原の地内であったが、天正元年(一五七三)清巌寺が建立され、その南に成立した門前町。松平忠弘時代の城下図(東大史料編纂所蔵)にみえる。宝永七年(一七一〇)の町分掃除丁場は四番組一一九間のうち二五間を受持ち、城内草刈人足は一〇人を差出す(宇都宮史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む