渡邉恒雄(読み)わたなべつねお

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「渡邉恒雄」の意味・わかりやすい解説

渡邉恒雄
わたなべつねお

[生]1926.5.30. 東京,豊多摩
[没]2024.12.19. 東京
ジャーナリスト,実業家。「ナベツネ」と呼ばれ,長年読売新聞グループのトップやプロ野球読売ジャイアンツ巨人)のオーナーなどを務め,メディアやスポーツ界に強い影響力を及ぼしたほか,政界とも深いつながりをもち続けた。
東京府豊多摩郡杉並町(現在の東京都杉並区)に生まれ,早くに父を亡くす。旧制東京高等学校卒業後,1945年に東京帝国大学文学部に入学するが直後に陸軍に召集される。復学後,入隊経験から軍国主義や国家主義を嫌悪するようになり,日本共産党の党員となるも除名。1950年に東京大学新聞研究所を修了後,読売新聞社入社。政治部記者として頭角を現し,ワシントン支局長,編集局次長兼政治部長などの要職をへて,1991年に社長に就任。2002年に読売新聞グループ本社社長となり,2004~16年に同会長を務め,2016年には代表取締役主筆に就任した。1999~2003年日本新聞協会会長。
大野伴睦中曽根康弘をはじめとする有力政治家と強力な人脈を築き,戦後政治の中枢に深く関与し続けた。社長在任中の 1994年には『読売新聞』の発行部数を 1000万部超に押し上げた。また,1996~2004年に巨人の球団オーナー,2005~14年に球団会長,2014~16年に球団最高顧問を務め,球団人事や運営のみならず,球界全体にも意見を放ち続けた。大相撲では 1991年から 2005年まで横綱審議委員会委員を務めた。
1996年フランス芸術文化勲章コマンドゥール受章。2007年カンヌ国際広告祭メディアパーソン・オブ・ザ・イヤー受賞。2008年旭日大綬章,2012年スペイン文民功労勲章大十字章受章。没後正三位に叙される。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「渡邉恒雄」の解説

渡邉恒雄 わたなべ-つねお

1926- 昭和後期-平成時代の新聞経営者。
大正15年5月30日生まれ。昭和25年読売新聞社に入社。ワシントン支局長,政治部長,論説委員長,主筆をへて,平成3年社長,16年会長。中曾根康弘のブレーン的存在として知られ,行財政改革,憲法改正問題などで積極的に発言。プロ野球読売ジャイアンツのオーナー。19年新聞文化賞。東京出身。東大卒。

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