港川村(読み)んなとうぐわーむら

日本歴史地名大系 「港川村」の解説

港川村
んなとうぐわーむら

[現在地名]具志頭港川みなとがわ長毛ながもう

具志頭ぐしちやん間切の東端にあり、南流する雄樋ゆーひ川を境に東は玉城たまぐすく間切志堅原しちんばる(現玉城村)、南は太平洋に面する。ンナトゥグヮー村とよぶ。糸満漁民が定住して始まった集落で、明治二年(一八六九)の平等所裁判記録に「港屋取」とみえるのが早い。事件の被害者である玉城兼城かにぐすく間切糸満いちまん村の漁民であるが、港屋取のイリ門小(イリジョウグヮ)の家を借りて住んでいた。一八八〇年一〇月二一日の県令第三六号(県令達類纂)により具志頭ぐしちやん村から字下港(シチャンナトゥ)・字上港(ウィーンナトゥ)・字トーカマ・字長毛ながもー・字グモイを分離して港川村が設立された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む