信仰または伝承によって神聖視される一定の地域をいい,崇拝・巡拝の対象とされるとともに,みだりに出入りすることのできない禁忌の場所でもある。聖地は大きく分けて,(1)山,森,林,岩,川,樹木,泉,湖,井戸などの自然景観にかかわる場所,および(2)聖者や聖人,修行者や英雄にゆかりのある霊地,本山,墓所,という2種の系列が考えられる。とはいっても実際は(1)の自然景観と(2)の霊地における諸建造物とが一体となって聖地空間を形成している場合が多い。
聖地はそこを訪れて参拝する者にとっては,魂と肉体のいやしを約束してくれる聖なる中心点である。そこには守護と救済を象徴する図像や彫像が安置されている。これらの彫像や図像の救い主や仏,菩薩の表情に浮かぶ微笑は,かつてその聖なる中心舞台で演じられた霊験と奇跡が何であったかを物語っている。霊験や奇跡はやがて神話や伝承を生み,しだいに語り伝えられて寺社縁起や聖譚へと発展し,賛歌や御詠歌ともなって口から口へと歌いつがれていった。その意味で聖地は宇宙の中心であると同時に神話文学の発祥地でもあった。古代におけるローマのバチカン宮殿,中世におけるイングランドのカンタベリー大聖堂,そして近代における南フランスのルルドなどは,みなそのような神話圏の原点であった。同様にして日本においては死者の霊魂の最終集結点としての熊野がそうであった。比叡山や高野山はもとより,大山(だいせん),白山,英彦山(ひこさん),石鎚山などの霊山も数多くの縁起や霊験説話を生みだした。そしてその聖なる中心点にはしばしば聖なる泉がわき,温泉が噴き出ている。業病を背負う巡礼者はその聖なる泉にわが身をひたして加護を祈り,聖水を飲みほして精神の安らぎを求め,またそれを眼や脚に注いで患部の蘇生を祈願した。ヨーロッパの聖地にはさきのルルドをはじめ聖泉の効験によって知られているところが多いが,日本でも下北半島の恐山,山形の湯殿山,熊野の湯ノ峰などは,その地にわき出る熱泉の治癒力によって多くの巡礼者の渇仰の的となった。このように聖地は,苦悩する魂への救済機能と病める肉体にたいする治療機能とを統合する宇宙的な原郷として,そこを訪れる者に強力な磁場を形成しているといっていい。
またこの聖地における救済と治療の両機能は,世直しと病気直しを望む民衆にたいしてユートピアや解放の夢を吹きこむ機縁ともなった。たとえばヨーロッパでは十字軍時代のエルサレムにおいてそのことがみられたし,日本では幕末期の〈お蔭参り〉運動の中心点となった伊勢神宮が同様の役割をはたした。日本の聖地の機能を考える場合,とくに山岳のもつ地理的景観と生態系が重要であるが,それは人の死後,死霊や祖霊が山にのぼり,そこを中心に生息するという信仰が古い時代からあったことと深い関係がある。民俗世界で代表的な聖地とされる福井県の〈ニソの杜(もり)〉,東北地方に分布するモリと呼ばれる山や丘,そして沖縄のウタキ(御嶽(おたけ))やアシャゲなども,何らかの形で祖霊祭祀と結びついている聖地である。
→癖地 →巡礼
執筆者:山折 哲雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
宗教的あるいは伝説的に日常の空間とは異なる神聖さをもち、通常タブーとされる区域。その規模は、イスラム教徒にとってのメッカといった都市大の聖地から、1本の樹木といった小さな聖地までさまざまであるが、聖地はその成り立ちからおよそ三つに分類される。
まず、自然的聖地は、天然の山、岩、川、池、森、樹木などが、それらに対する畏怖(いふ)から、あるいは神霊のよりどころなどとして神聖視されたものである。富士山、穂高山などはその山容の崇高さから聖地とされており、インドネシアのバリ島には山側を神聖な方向とする方位感が存在している。道教では山は神仙のすみかと考えられ、仏教においても山は仏の住む浄土とされる。一方、『万葉集』では「神社」を「もり」と詠んでいることから、森が古くから神霊降臨の地とされていたことがわかる。エスキモーは海の幸に恵まれた漁場を聖地とし、ヒンドゥー教徒にとってはガンジス川が聖河とされる。そのほか、聖樹、聖石、聖泉、聖湖などと数多い。
次に、人工的に生み出された聖地があり、儀礼のために随時しつらえられるような一時的な聖地と、建造社殿のように恒久的な聖地が存在する。いずれも、ある空間が非日常的なものとしてくぎられ、そこになんらかの聖なる象徴が置かれることで聖地が創出されている。社殿を意味する英語のtempleが語源的には「くぎる」を意味するギリシア語témneinから派生していることも、そのことを物語っている。
最後に、創造主や聖者に起源を発する聖地がある。中央アフリカには、岩のまだ軟らかな時代に創造主がその足跡をしるしたとされる聖地があり、スリランカのアダムズ・ピーク山のくぼみも、仏教徒は仏陀(ぶっだ)の、ヒンドゥー教徒は創造神シバの、キリスト教徒とイスラム教徒は楽園追放後のアダムの足跡としてそれぞれの聖地としている。キリスト教の巡礼三大聖地の一つ、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステラが聖ヤコブの遺骸(いがい)が存在するという伝説から聖地になっているように、カトリックの大寺院は聖者のゆかりの地に建てられるし、他の宗教(仏教ではインドのクシナガラ、サールナート、ブッダガヤ、中国の天台山、五台山など)でも聖者や偉大な人物を起源とする聖地は多く存在している。
聖地は通常タブーとされ、立ち入りがまったくできないか、あるいは制限されている。しかし、そのタブーゆえに聖地はその存在を人々に喚起しており、そこには日常とは異なったなにか重要なものが存在するという意識を人々に与える。聖地にはそこが聖地とされるに至った伝説が存在し、また、巡礼、参拝などで聖地への境界を越えるときには多く儀礼が行われ、それらの儀礼や聖地自体は意味をもったさまざまな象徴から構成されている。人々はそれら伝説や象徴によって、聖地を聖地として成立させた特定の宗教的な教えやイデオロギーを体得していくのである。
[上田紀行]
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