湯島天神

世界大百科事典(旧版)内の湯島天神の言及

【湯島】より

…まず武家地としては,家康入国の翌月,不忍(しのばず)池畔に上州館林城主榊原康政の広大な屋敷ができ,1616年(元和2)にはのちの湯島切通片町・三組町一帯が中間,小人,駕籠者などの下級幕臣に大縄(組単位)で給された。 町地として最初に開けたのは,湯島天神(湯島神社)の門前地である。1478年(文明10)太田道灌の再興と伝える同社は,古くから梅の名所として知られ,また上野広小路から切通坂をのぼった高台にあって眺望にも富んでいたので昔から訪れる人が多く,江戸時代には境内で植木市や富くじ興行も行われた。…

※「湯島天神」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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