湯谷悪谷遺跡(読み)ゆだにわるだにいせき

日本歴史地名大系 「湯谷悪谷遺跡」の解説

湯谷悪谷遺跡
ゆだにわるだにいせき

[現在地名]石見町日貫

弥生時代の高地集落跡と横穴古墳群の複合遺跡。グラウンド建設に伴い石見町教育委員会が昭和六三年(一九八八)から三年かけて調査を行った。弥生時代の集落跡は平地から約三〇メートル高い丘陵の尾根上にあり、後期後葉の竪穴住居跡五棟と土壙墓が掘出されている。うち弥生後期末の大型住居跡からほぼ鶏卵大の鉄滓約三〇が採取され、また多数の在地土器に混じって近畿地方から搬入されたとみられる庄内式甕形土器一個が発見された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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