濁川興野(読み)にごりかわこうや

日本歴史地名大系 「濁川興野」の解説

濁川興野
にごりかわこうや

[現在地名]新潟市名目所(なめとこ)・西名目所(にしなめとこ)・新元島(しんもとじま)町・三軒屋(さんげんや)町

濁川新田の北、新井郷(にいごう)川の両岸にあり、松(まつ)ヶ崎浜(さきはま)村の南に接する。近世中期までは名目所新田と称されていたが、阿賀野川の洪水のために一時衰微、濁川新田の枝村として再開発され、濁川興野とよばれた。名主・庄屋ともに濁川新田の兼帯であることが多かった。当初新発田藩領、宝暦四年(一七五四)幕府領、安永六年(一七七七)新発田藩領、寛政二年(一七九〇)幕府領、文政五年(一八二二)新発田藩預所と変遷があった(名目所村誌)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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