濃部村(読み)のぶむら

日本歴史地名大系 「濃部村」の解説

濃部村
のぶむら

[現在地名]美津島町濃部

賀谷がや村の西にあり、内浅海うちあそうの北東部にある。前面内海濃部浅海のぶあそうともいう。「津島紀略」では府中ふちゆう(現厳原町)より七里一五町とある。沿岸くさ島・まる島・なかノ島・おきノ島などがあるが、これらに弥生時代または古墳時代とみられる箱式石棺が残る。応永一一年(一四〇四)一二月二〇日の宗正永書下(与良郷宗家判物写)に「のふ」とみえ、当浦など四ヵ浦に対して「八かいの大もの」(鯨か海豚か)を催促すべきこと、これに応じない場合は罪科に処すべきことが大山宮内入道に命じられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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