瀬田町(読み)せたまち

日本歴史地名大系 「瀬田町」の解説

瀬田町
せたまち

[現在地名]長浜市朝日町(あさひちよう)

上船(かみふな)町と横浜(よこはま)町に挟まれた東西通りで、東の南北通りは箕浦(みのうら)町に属した。北裏は米(よね)川。朱印地。慶安四年(一六五一)の検地帳(川崎文書)に屋敷地一八があげられる。元禄八年大洞弁天寄進帳では家数一五(借家一)、男四一・女三二で、町代が置かれ、旅籠屋二・鍛冶屋・絹屋・蚊帳屋・畳屋・馬持がいた。享保一五年(一七三〇)の長浜人数留(今村文書)によれば家数二一、男三三・女三九。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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