熊野寺跡(読み)くまのじあと

日本歴史地名大系 「熊野寺跡」の解説

熊野寺跡
くまのじあと

[現在地名]宮田村南割

村の西の山麓にある。延享元年(一七四四)成立の「伊那郡神社仏閣記」に「松戸薬師堂、毎年四月八日祭礼、古代ハ松土山熊野寺ト云断亡ス」とある。室町時代に薬師堂があり、そこへ熊野権現を勧請して熊野寺となったが、宮田氏が武田信玄に滅ぼされてのち衰退したと伝わる。しかし後世まで熊野社と薬師堂が同じ境内にあった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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