物木村(読み)ものきむら

日本歴史地名大系 「物木村」の解説

物木村
ものきむら

[現在地名]本埜村物木

たき村の北東に位置し、台地の麓に小集落が営まれる。地名中世からみえる。慶長七年(一六〇二)幕府総奉行青山忠成の指揮で検地が行われ、反別一〇町九反余・高一一五石余(明和九年「村明細帳」篠原家文書)。寛永一〇年(一六三三)の物木村・小林村入会裁許絵図(篠原家蔵)に村名がみえ、旗本岩瀬領として高一一〇石とある。同氏は天正一八年(一五九〇)に上総国山辺やまべ郡と下総国印旛郡内に一千五〇〇石を与えられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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