物見村(読み)ものみむら

日本歴史地名大系 「物見村」の解説

物見村
ものみむら

[現在地名]加茂町物見

西は河井かわい村、北は阿波あば(現阿波村)、東は因幡国智頭ちず西宇塚にしうづか(現鳥取県八頭郡智頭町)に接する。物見神社付近を境としておく・北・古屋ふるやの三地区に分れ、中央部を北東から西へ物見川が流れる。正保郷帳に高七四石余、うち田方五五石余・畑方一八石余とある。元禄一〇年(一六九七)の美作国郡村高辻帳では改出高一二五石余・開高二七石余。「東作誌」では二二九石余で、本田畑高一九九石余・新田畑高二七石余・新開田畑高二石余、家数四八・人数一九二。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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