森林における生産物で,人間の実生活に役だつものをいう。樹木の幹からとる木材が大部分を占めるが,このほか樹皮,樹脂,葉,根,木の実など樹木に関係したもの,キノコ,ワサビ,シュロなど樹木の周辺にはえる生物も林産物である。現在はそれほどでもないが,かつて人間生活は多くを森林に負っていた。
(1)木材は強度材料,板材料であるだけでなく,木炭や薪としてエネルギー資源でもある。また,木炭製造時には木タール,木ガスがとれ,それぞれ薬品,燃料として使われた。木材の繊維素はとりだされてパルプ,レーヨン,ブドウ糖,アルコールなどの原料となる。以上は樹木に共通した性質であるが,樹種に特異なものもある。(2)樹皮は,スギ,ヒノキなどではそのまま屋根,壁などの材料として使われた。近年では多種の樹皮が堆肥(バーク堆肥)とされている。樹皮はコルク,タンニン,色素,蠟などを含むので,これらはとりだされ利用されている。コルクはコルクガシ,アベマキなどからとられる。タンニンのとくに多い樹種にはカシワ(ブナ科),ツガ(マツ科)などがあるが,とくにアカシア(マメ科)のワトルが著名である。タンニンは種子,葉や小枝にも多く,柿渋,茶渋などはその一例である。なお昆虫の刺激により若枝のつけ根に生ずるヌルデ五倍子のタンニンは商品化されている。特別な樹種では樹皮や心材が色素を含む。ロッグウッドのヘマトキシリン,ブラジルボクのブラジリン,シャリンバイの熱水エキスなどが実用上使われている。樹皮には蠟もありベイマツで工業化されているが,木の葉,小枝からとったカルナバ蠟,イボタ蠟,ハゼの実の木蠟のほうが著名である。樹皮は〈草根,木皮は薬〉のたとえのごとく,生薬として利用されるものが多い。キハダの黄蘖(おうばく)(ベルベリン),キナのキニーネは一例にすぎない。(3)木の葉は精油を含むことに特色がある。ユーカリ油,ヒバ油,アビエス油などは商品となっており,針葉樹ではたいてい精油を含む。葉のタンパク質利用では木の葉を腐らせてムカと呼ばれるものがソ連でつくられており,家畜飼料とされている。(4)木の実は油脂の原料として多く使われる。アブラヤシの実はパーム油を,アブラギリの実はキリ油を供給する。またクリ,クルミのように食用となるものもある。(5)根は薬品の供給源で,マツからの松根油が著名である。(6)樹木に傷をつけたときの分泌物(樹脂など)は重要な生活資材となる。ゴムノキからのゴム,マツからの松やに,その他ウルシ,アラビアゴム,ダマール,コーパルなど例は多い。これらのほか,サトウカエデの樹液は3~5%ものショ糖を含み,トチ,ナラ,カシ,クヌギなどの種子は多量のデンプンを含む。
森林とその周辺には多くの植物が育つ。タケはもちろんシュロ,コウゾ,ミツマタなどがその繊維を利用して製紙原料などにされる。また食品になるものとしてはワサビ,タケノコ,山菜(ワラビ,ゼンマイ,フキノトウ)などがある。ワラビ,クズ,カタクリの根も多量のデンプンを含み,利用される。樹木や倒木に寄生するキノコは食用,薬用とされる。マツタケ,ホンシメジは樹木に寄生する例で,シイタケ,エノキタケ,ヒラタケ,マイタケは倒木に寄生し,それらは食用となる。薬用となるものにはカワラタケ,マンネンタケなどサルノコシカケ科のキノコが多く,倒木で育つ。以上のように林産物は木材のほかにもきわめて多くの種類がある。
林産物は,農山村の生活を支えるうえで重要な位置を古くから占めてきた。それらは日々の生活必需品であっただけでなく,産業として大きな収入源であり,今でもそれらのあるものは重要な役を果たしている。
(1)用材 日本の木材は大きくは用材と薪炭材とに分けられる。そして用材は製材用,パルプ用,合板用などとして使われる。製材用が総需要の5割強を占め,パルプ用は3割弱,合板用が1割強である。総需要量は約1億m3,この値は1970年以後似た傾向を示す。これらの需要のすべてが国内の森林生産物でまかなえるのではなく,自給率は約3割強という状況が長くつづいている。国産材の生産は1930年代に1200万m3であったものが第2次大戦中には3000万m3にも及んだ。その後も生産量は増加し,1967年には5181万3000m3と史上最大値に達した。その後も需要は増大したが生産量は低下し,したがって自給率は減少の一途をたどって70年には5割をきった。このような自給率の変化はすべての用途の木材について同じように起こったわけではない。合板用の場合には,自給率の低さは体質的なものであり,これは日本の合板工業が熱帯材のラワン供給の上に立って発展したためである。したがって,自給率は工業成立時の1950年代から低い。製材工業は日本の木材工業の中心につねにあり,スギ,ヒノキなど針葉樹材が製材工業用原料の主体であった。この分野の自給率が5割をきったのは70年で,このときに日本の林産物供給能力に不安の生まれたことを意味する。パルプ用材は1950年代では針葉樹材に限られていたが,技術の進歩により広葉樹材も利用できるようになった。このことと製材用とならない低質木材が使えるため,80年代に入っても自給率は5割に近い。
(2)薪・木炭 伐倒された木は,日本の統計では用材と薪炭材とに分けて長い間扱われていたが,その区分けも1947年でなくなった。しかし生産物としては素材,特用林産物,木炭・薪の名が残る。用材が生産期間の長さゆえ,現金収入源として信頼できないものであるのに対し,薪や木炭は生育期間の短い小径木を原料として,単純な労働で生産されることもあり,林家にとっては重要な現金収入源であった。これらは日本の森林を管理する労働力確保のうえで大きな役を果たすので,国策により生産が奨励された。生産量は1950年代には木炭約200万t,薪約3億束にも及んだ。そんな最盛期のさなかに,石油,天然ガスを中心とする新エネルギー源が発展したため,需要は急に減少し,80年代に入るころには,木炭は約3万t,薪は800万束となってしまった。エネルギー化されている木材は1970年代前半には全木材使用量の14%であったのが,80年代前半では2%にすぎない。世界の伐倒木の約47%が燃料となっていることや,アメリカ,スウェーデンでさえそれぞれ4%,5%が燃料となっていることを思うと,日本の木質エネルギー使用の現状はきわめて異常である。
(3)キノコ 林野から生産される産物のなかで,木材や薪炭を除いたすべてのものを一括して特用林産物(古くは特殊林産物)という。キノコはその中心となるものであるが,それにとどまらず,かつて木炭,薪が農山村で果たしてきた現金収入資源としての役割を十分に担っている。キノコの中心となるシイタケについてみると,1960年の生産量を100とすると80年には1204にもなって,林産物の中では異常な伸び率である。おもな理由として,栽培方法の改善,菌接種のための原木(コナラ,クヌギ)の木炭生産用からの転用,スギ,ヒノキ林造成のためコナラ,クヌギ伐倒量の増加,食生活の変化による低カロリー食の需要増大などがあげられる。シイタケ以外のエノキタケ,ヒラタケ,ナメコなども異常な生産増を示した。エノキタケは木粉と米ぬかによる日本独自の方法で栽培され,1972年に生産量が政府の統計書にのってから6年間で倍増した。生産額ではシイタケが全体の67%,エノキタケは16%を占め,キノコの総生産額は2000億円に及ぶ(1981)。木材生産が6000億円であることを考えると,キノコは林家の家計の大きな支えとなったといえる(〈キノコ〉の項目中の[キノコ栽培]を参照)。
(4)松やに,タンニン 樹木からやにやウルシをとることは古くから行われていた。それらは林家の現金収入源の一つであったが,近年の林産物から化学薬品をとる産業は,日本ではほとんど行われていない。わずかに生ウルシが6t,木蠟が350tほど生産されているにすぎず,需要はほとんどが輸入に負っている。例えば松やにについてはロジンとして6万~8万t,テレビン油として1万tが,タンニンについては約1万tが,キリ油では約8000tが恒常的に輸入されている。またウルシについても生産量の10倍,木蠟では3倍,黄蘖では2倍がそれぞれ輸入されている。このようにみると,林産物からの化学薬品については,生産よりも生産物の加工処理のほうが盛んだといえる。処理は工場で行われるので林家の収入との関係はほとんどない。
(5)キリ,山菜など 林産物のなかにはキノコ以外にも栽培されているものがいくつかある。それらも多くが輸入物と競合している。タケは1000万束の需要の8割を国産物でみたすが,キリは15万m3の8割を輸入物に負う。クリの実は7万tの需要のうち,2万tを海外に負う。シュロ皮はほとんどが輸入物である。このような傾向のなかで山菜,ワサビなどはすべて自給で,しかも生産額が大きい。
林産業を,木材以外のいわゆる特用林産物の生産および木材を含む林産物の加工を扱う産業であるとみなすならば,日本の林産業では後者の重みが著しく大きい。それらは加工の規模が拡大し,生産者の手をはなれて独立した産業となっている。典型的な例がパルプ・製紙工業で,これらの会社は原料となる木材を自社の山林にはほとんど負っていない。これと比べて製材工業は零細であり,加工原料の若干の部分を自己の森林より得ている。木炭・薪,特用林産物でも生産者と加工者とが分かれていることが多い。生産が海外で行われるようになったものとして,松やに,タンニン,キリ油などがあり,これらでは年間使用量が1万tをこえ,若干加工して輸入され,日本でいっそう加工されて商品となっている。日本でも生産が行われているタケ,ワサビ,山菜などでは,林産物の栽培形態上,三つに分けられる。すなわち農林地を専有的に使うもの(クルミ,クリ,タケ,山菜,ウルシ,キリ,木蠟),農林地を他作物と併作するもの(キクラゲ,ワサビ,オウレン,木炭),施設利用を主とするもの(各種食用キノコ)で,このほかマツタケのように野生のものを採取している場合もある。これら生産されたものはたいてい加工度の低いまま商品化される。なおエノキタケのように,施設栽培に多くの機械が導入されると,工場生産に近いものになっていることもある。またカワラタケによる抗癌薬品の生産はすでに工場で行われ,キハダの細胞培養によるベルベリンの生産も実用化に近い段階にある。これらは林地にたよらない林産物の生産と加工という新しい状況を生んでいる。
執筆者:善本 知孝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新