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獲加多支鹵大王 わかたけるだいおう

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百科事典マイペディアの解説

獲加多支鹵大王【わかたけるだいおう】

埼玉県行田(ぎょうだ)市の稲荷山古墳出土鉄剣銘に記された辛亥年(471年)当時の大王。雄略天皇の諱を大泊瀬幼武(おおはつせわかたけ)といい,478年の上表文で知られる倭王武が雄略とされることから,この大王も雄略天皇とする説が有力。
→関連項目反正天皇大和政権

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世界大百科事典内の獲加多支鹵大王の言及

【雄略天皇】より

…5世紀後半の天皇。允恭天皇の子,母は忍坂大中姫。諱(いみな)はワカタケル(幼武,若建),宮は大和泊瀬朝倉宮。陵は河内丹比高鷲原(たじひのたかわしのはら)陵と伝える。記紀によると,治世中,天皇権力に干渉していた葛城臣,吉備臣など〈臣姓豪族〉を没落させ,はじめて大臣(おおおみ)・大連(おおむらじ)制を定め,大伴連,物部連らを登用し,いわゆる〈連姓豪族〉によって朝廷の組織を確立する端緒をひらいた。また,葛城山で一言主(ひとことぬし)神と会い,狩りを競い,神が天皇を現人神として侍送したので,百姓らは天皇の徳をたたえたといい,河内の志幾大県主(しきのおおあがたぬし)が堅魚木(かつおぎ)を家に上げて天皇の殿舎に擬したので怒り,この家を焼いたとあるなど,天皇の権威の成立を示す説話がある。…

※「獲加多支鹵大王」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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