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反正天皇 はんぜいてんのう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

反正天皇
はんぜいてんのう

第 18代に数えられる天皇。名,タジヒノミズハワケノミコト。仁徳天皇の第3皇子。母は皇后イワノヒメノミコト。伝によれば兄の履中天皇が太子のとき仁徳天皇が没し,住吉仲皇子の乱が起こると,これを平定した。

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デジタル大辞泉の解説

はんぜい‐てんのう〔‐テンワウ〕【反正天皇】

記紀で、第18代の天皇。仁徳天皇の第3皇子。名は多遅比瑞歯別(たじひのみずはわけ)。倭の五王の一人、珍に比定する説がある。

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百科事典マイペディアの解説

反正天皇【はんぜいてんのう】

5世紀前半の在位。仁徳天皇皇子。名はタジヒノミズハワケ。河内(かわち)の丹比柴籬(たじひのしばがき)宮を宮居とした。《宋書》倭国伝の(わ)王珍(ちん)にあてるのが定説。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

反正天皇 はんぜいてんのう

記・紀系譜による第18代天皇。在位は5世紀前半。
父は仁徳天皇。母は磐之媛命(いわのひめのみこと)。「日本書紀」によると,履中天皇の同母弟で,淡路(あわじ)島で生まれた。都は丹比(たじひ)の柴籬(しばかきの)宮。「宋書」倭国伝にみえる倭王の珍とする説がある。反正天皇5年1月23日死去。60歳(「古事記」)。墓所は百舌鳥耳原北陵(もずのみみはらのきたのみささぎ)(大阪府堺市)。別名は瑞歯別天皇(みつはわけのすめらみこと),多遅比(たじひの)瑞歯別皇子。

反正天皇 はんしょうてんのう

はんぜいてんのう

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大辞林 第三版の解説

はんぜいてんのう【反正天皇】

記紀で第一八代天皇、多遅比瑞歯別尊たじひのみずはわけのみことの漢風諡号しごう。仁徳天皇第三皇子。中国の「宋書倭国伝」中に見える倭王珍に比定される。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

反正天皇
はんぜいてんのう

生没年不詳。記紀では第18代の天皇とする。5世紀中葉の天皇で、『日本書紀』には、河内(かわち)の丹比柴籬宮(たじひのしばかきのみや)(大阪府羽曳野(はびきの)市丹比付近か)で在位5年にして崩ずと記す。「多遅比瑞歯別(たじひのみずはわけ)(水歯別)天皇(命(みこと))」ともいう。仁徳(にんとく)天皇と磐之媛(いわのひめ)の間に生まれたと伝える。『宋書(そうじょ)』にみえる倭(わ)王珍(ちん)は反正天皇とみなす説がある。また熊本県和水(なごみ)町江田船山(えたふなやま)古墳出土の大刀(たち)銘文にある大王を反正天皇とする解釈もある。この天皇の誕生をめぐる説話は、『日本書紀』および『新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)』(右京神別)に記載されており、墓は百舌鳥耳原(もずみみはら)陵(大阪府堺(さかい)市)とする。[上田正昭]

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世界大百科事典内の反正天皇の言及

【江田船山古墳】より

…銀象嵌銘の大刀がどちらにはいるかは不明。銘文の解読の基礎は福山敏男が1934年につくり,最初の部分を〈治天下□□□歯大王世□□〉と読んで,蝮(たじひの)宮に天の下治(しろし)めす弥都歯(みずは)大王,すなわち反正天皇にあてた。この福山説にしたがって,大刀を438年ころの製作と考えるのが定説であったが,78年に埼玉(さきたま)稲荷山古墳出土の鉄剣に金象嵌銘が発見されたとき,岸俊男らの解読の際に再検討が加えられ,これはむしろ稲荷山銘と同じく獲加多支鹵(ワカタケル)と読めることが示され,雄略天皇の時代の製作とみる説が有力になった。…

【住吉仲皇子】より

…難波宮を焼き同母兄の履中天皇殺害を謀るが,天皇は物部大前宿禰,漢直阿知使主(あやのあたいあちのおみ)らに助けられ大和の石上(いそのかみ)神宮に入る。一方,皇子は瑞歯別皇子(みずはわけのみこ)(後の反正天皇)に指嗾(しそう)された隼人(はやと)の刺領布(さしひれ)に刺殺される。《日本書紀》は謀叛の原因に皇子が天皇の婚約者,羽田矢代宿禰(はたのやしろのすくね)の娘の黒媛を姦したことをあげる。…

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