玄桂屋敷(読み)げんけいやしき

日本歴史地名大系 「玄桂屋敷」の解説

玄桂屋敷
げんけいやしき

[現在地名]文京区湯島ゆしま四丁目

湯島切通ゆしまきりどおし町の北に位置する。下谷茅したやかや(現台東区)の通りの片側町で、通りを挟んで北は池之端仲いけのはたなか町・下谷茅町一丁目・福成ふくじよう寺境内(現同上)、東は備中庭瀬藩板倉家上屋敷、西は越後高田藩榊原家下屋敷。かつては湯島郷の一部であったという。のち年代は不詳だが医師中村玄桂の拝領町屋敷となり、貞享五年(一六八八)沽券地となった。町名は中村玄桂に由来。文政町方書上によれば、町内は南北表間口が田舎間で一一間余、裏幅は同じく一六間、東西は北側が田舎間で二一間余、南側が同じく二七間余、総坪数は三三二坪余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む