玉清水村(読み)たましみずむら

日本歴史地名大系 「玉清水村」の解説

玉清水村
たましみずむら

[現在地名]青森市戸山とやま

沢山さわやま村の南にある山間小村

村名は寛文四年(一六六四)の高辻帳にみえず、貞享元年(一六八四)の郷村帳にあり、この間の開村と思われる。同四年の検地帳には、田畑屋敷合せて一町一畝一九歩、村高六・三七六石とあるが、田は下々田九畝二七歩のみで、畑も下畑・下々畑のみである。ほかに「分米難付土地」として畑七三町六反三畝六歩、「末々田畑可致開発場所」として田畑地四町四反五畝二〇歩、および草山七一ヵ所一一一町九反八畝一三歩が記され、開村間もない時点の状況を示すといえよう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む