玉造撞木町(読み)たまつくりしゆもくまち

日本歴史地名大系 「玉造撞木町」の解説

玉造撞木町
たまつくりしゆもくまち

[現在地名]東区うえ町一丁目

単に撞木町ともいう。玉造上清水たまつくりかみしみず町の東に延びる両側町で、延享版「難波丸綱目」に「北は仁右衛門丁、南ハ野道なり、此所どんどろと云」とある。明暦元年(一六五五)大坂三郷町絵図に志もく町とみえる。大坂三郷北組に属し、元禄一三年(一七〇〇)三郷水帳寄帳では屋敷数二七・役数三一役で、うち年寄分一役が無役。年寄は粉屋八兵衛。元禄年間当町のうち六軒分三八八坪余が城代家中屋敷に収公されたが、替地が与えられぬまま行方不明になった家主もあったという(「地方役手鑑」大阪市史編纂所蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 飢饉 享保

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む