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王惟一 おういいつ Wáng Wéi yī

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世界大百科事典 第2版の解説

おういいつ【王惟一 Wáng Wéi yī】

中国,宋の仁宗の治世(1022‐63)に尚薬奉御になった医官。生没年は不明。鍼灸治療は当時すでに完成の域に達していたが,諸家によって経穴の数も位置も一致していなかった。かれは仁宗の命を受けて諸家の説を検討し,1027年(天聖5。1026年ともいう)に銅製の人体模型を鋳造して,その表面に経穴の位置を示し,同時に《銅人腧穴鍼灸図経》を著した。その後の鍼灸学説はすべてかれの説をもととしている。銅人【赤堀 昭】

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世界大百科事典内の王惟一の言及

【経穴】より

…晋初に書かれたといわれる皇甫謐(こうほひつ)の《甲乙経》には現在知られている経穴名がほとんど出そろっていて,各脈ごとに整理され,その位置も詳しく記載されていて,経脈と経穴についての考えが,漢代にほぼ完成したことを示している。 経穴の数や位置は,その後学者によって違いが生じたため,北宋の1027年(天聖5)に王惟一によって最終的に整理された。彼は諸家の説を検討して経穴の順序と位置を決定し,銅製の人体模型(銅人)を鋳造して,その表面にその位置を示し,同時に《銅人腧穴鍼灸図経》を著して,それを記載した。…

【銅人】より

…中国医学において,表面に経穴と経脈の位置を示した銅製の人体模型で,北宋の1027年(天聖5。1026年ともいう)に王惟一によって2体作られた。その製作目的は経穴の標準の位置を示すためであるが,表面に黄蠟を塗って医者に鍼を刺させ,穴にあたれば水銀が流れ出るようになっていたというから,医者の試験にも用いたのであろう。…

※「王惟一」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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