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仁宗 にんそう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

仁宗 にんそう

945?-? 平安時代中期の僧。
天慶(てんぎょう)8年?生まれ。法相(ほっそう)宗。興福寺にはいり,宿曜(すくよう)法(真言密教占星術)にすぐれた。中国の符天暦にもとづいて暦をつくり,その功により長保2年(1000)西大寺別当に任じられた。長和4年(1015)7月8日以前に死去。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

じんそう【仁宗 Rén zōng】

1010‐63
中国,北宋第4代皇帝。姓名は趙。在位1022‐63年。真宗の第6子。13歳で即位,劉太后が11年間摂政となる。范仲淹,韓琦(かんき),欧陽修ら新興科挙官僚の台頭期にあたり,〈慶暦の治〉と呼ばれる後世士大夫の理想とする時代に君臨した。だが現実には,唐から宋への変革の収拾が十分につかず,冗官冗費に加え,西夏(タングート族)との戦いで軍事費が膨張し,財政困難に陥った。仁慈の皇帝というがやや優柔な性格であった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

仁宗
じんそう
(1010―1063)

中国、北宋(ほくそう)の第4代皇帝(在位1022~63)。姓名は趙禎(ちょうてい)。真宗のあと13歳で即位。初めは劉太后(りゅうたいごう)が摂政(せっしょう)にあたり、1033年から親政となった。宋朝は安定期に入り、科挙制も整備拡大されて、韓(かんき)、范仲淹(はんちゅうえん)、欧陽修(おうようしゅう)、司馬光らの名臣が輩出、周敦頤(しゅうとんい)、二程子(程(ていこう)・程頤(ていい)兄弟)らの儒学者も現れて、「慶暦(けいれき)の治」とよばれる盛時を迎えた。しかし、国内的には郭(かく)皇后の廃立をめぐって名臣間に「慶暦の党議」を巻き起こし、冗官(じょうかん)・冗兵問題や飢饉(ききん)から農民反乱も起こり、対外的には西夏(せいか)の侵入を受け、消極策をとったため、西夏や遼(りょう)への歳幣も増加し、国家財政は下降線をたどった。次の英宗・神宗時代の赤字財政の素地はこの仁宗の時代にできあがっていた。[柳田節子]

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