琴塚村(読み)ことづかむら

日本歴史地名大系 「琴塚村」の解説

琴塚村
ことづかむら

[現在地名]土庄町大部おおべ 琴塚・田井たい

大部村の西にある。大部郷の枝村。備讃海峡に突出する妙見みようけん崎を挟んで、東の田井村と西の琴塚村からなり、田井琴塚村ともいった。二村に分れるものの、あくまで一村として取扱われ、琴塚村に年寄一人が置かれた。琴塚の地名については、神功皇后から与えられた琴を埋めて石塚を築いたという伝説があり、石塚と称するものが現存する。宝暦明細帳によると高一〇七石余・反別一七町二反余(田三町八反余・畑一三町四反余)、船数三二(八〇―五〇石積)、天保九年(一八三八)の高一五〇石余、家数一三七(「小豆島明細改記略」小豆島志料)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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