瓦町二丁目(読み)かわらまちにちようめ

日本歴史地名大系 「瓦町二丁目」の解説

瓦町二丁目
かわらまちにちようめ

[現在地名]東区瓦町二丁目

瓦町一丁目の西に続き、八百屋町やおやまち筋よりさかい筋を経て難波橋なにわばし筋まで。明暦元年(一六五五)大坂三郷町絵図町名がみえる。大坂三郷北組に属し、元禄一三年(一七〇〇)三郷水帳寄帳では屋敷数五五・役数六四役で、うち年寄分・会所分各一役が無役。年寄は佐渡屋与兵衛。宗旨組合は瓦町一丁目に同じ。延享版「難波丸綱目」は両替仲間に川崎屋三右衛門、備後国問屋・備前焼物問屋近江屋善兵衛、関東筋問屋・江戸積釘問屋釘屋吉兵衛、肥前国問屋・日向国問屋小西屋五郎右衛門、備前焼物問屋・肥前国問屋・江戸積醤油問屋・小刀包丁問屋・能太鼓各一をあげ、漆屋・畳表・畳縁を載せる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む