生源寺新村(読み)しようげんじしんむら

日本歴史地名大系 「生源寺新村」の解説

生源寺新村
しようげんじしんむら

[現在地名]大門町生源寺新・梅木(うめき)

生源寺村の北東に位置し、当村南部を通る北陸街道(巡見使道)は東方水戸田(みとだ)村に至る。芹谷野(せりだにの)用水の開削に伴い開発された村で、生源寺新と名乗るが生源寺村が元村ではない。開発時期は不明だが、芹谷野用水記録(折橋家文書)に延宝元年(一六七三)の新開高一六三石余・畑直高二三一石余とある。村立ては同五年(「諸旧記」折橋家文書)。寛保二年(一七四二)の草高は六三三石余・免三ツ四歩、うち四〇石は元禄一二年(一六九九)の手上高。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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