田並浦(読み)たなみうら

日本歴史地名大系 「田並浦」の解説

田並浦
たなみうら

[現在地名]串本町田並

有田ありだ浦の西にあり、西は江田えだ浦、北は田並上たなみかみ村。山丘が多く、平地は小河川田並川流域と海岸にわずかにみられる。海辺沿いに熊野街道大辺路が通る。慶長検地高目録には田並村とあり、村高五七五石余、小物成三斗四合。のち田並上村が分れ(続風土記)、天保郷帳では二五九石余。幕末期には田並下村ともよばれた。元禄年間(一六八八―一七〇四)の「紀南郷導記」によれば高五七六石余、棟数一三一(里方三四・浦方九七)。「続風土記」では家数二三四、人数一千九六。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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