山方(読み)やまかた

精選版 日本国語大辞典 「山方」の意味・読み・例文・類語

やま‐かた【山方】

〘名〙 (「やまがた」とも)
① 山のある地方。山付きの村方。里方に対する山村山林
随筆耳嚢(1784‐1814)五「早々此所を立去りて山方え成共引越べし」
② (「やま」は、比叡山をさす) 比叡山、延暦寺に関すること。また、延暦寺の僧たち。
※栄花(1028‐92頃)楚王の夢「御念仏の僧ども、山がた、奈良方、さるべき所々、数知らず群れ参りこむ」
③ 江戸時代、山村に居住して耕作のかたわら山稼ぎを営む農民焼畑なども行なうが、一般に生産力が低いため、年貢賦課も軽微であった。
地方凡例録(1794)二「村抦善悪之事 〈略〉山かたは上田なく」

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デジタル大辞泉 「山方」の意味・読み・例文・類語

やま‐かた【山方】

《「やまがた」とも》
山のある地方。
《「やま」は比叡山のこと》比叡山延暦寺にかかわること。また、延暦寺の僧たち。
「御念仏の僧ども、―、奈良方」〈栄花・楚王の夢〉

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「山方」の意味・わかりやすい解説

山方
やまがた

茨城県北部、那珂郡(なかぐん)にあった旧町名(山方町(まち))。現在は常陸大宮市(ひたちおおみやし)の北東部を占める一地区。1947年(昭和22)町制施行。1955年諸富野(もろとの)、下小川(しもおがわ)、世喜(せき)、塩田(しおた)4村の各一部を編入。2004年(平成16)、美和村(みわむら)、緒川村(おがわむら)、御前山村(ごぜんやまむら)とともに大宮町に編入(大宮町は市制施行して常陸大宮市となる)。旧町域は、久慈(くじ)川を挟んで八溝(やみぞ)山地久慈山地をもつ山間地域。JR水郡(すいぐん)線と国道118号が通じる。長く佐竹氏が支配し、近世は水戸藩領。南郷(なんごう)街道の宿場として、また久慈川と那珂川の各水運を結ぶ河岸町(かしまち)として栄えた。肉牛飼育が多く、コンニャク、ソバ、シイタケ、和紙や砕石、砂利、木材の産がある。古い起源をもつ西の内紙(手漉(す)き和紙)は、工芸技術として国の選択無形文化財となっている。江戸後期、コンニャクの粉末化技術を開発した中島藤右衛門の出生地(旧、諸沢(もろさわ)村)。奥久慈県立自然公園に属し、キャンプ場、淡水魚館がある。

[櫻井明俊]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「山方」の意味・わかりやすい解説

山方
やまがた

茨城県北西部,常陸大宮市北東部の旧町域。久慈川中流域に位置する。 1947年町制。 1955年諸富野 (もろとの) 村,世喜 (せき) 村,下小川村,塩田村のそれぞれ一部を編入。 2004年御前山村,美和村,緒川村とともに大宮町に編入され,名称変更および市制施行により常陸大宮市となった。東に久慈山地,西には八溝山地があり,南部は久慈川に沿って台地状に平地が開ける。久慈川が中央部を貫流し,古くは河川交通路にあたり,奥州へ通じる街道の宿場町であった。和紙製造とコンニャクイモやタバコの栽培,林業が盛ん。川沿いはアユの釣り場として有名で,奥久慈県立自然公園に属する。

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改訂新版 世界大百科事典 「山方」の意味・わかりやすい解説

山方 (やまがた)

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