田染郷(読み)たしぶごう

日本歴史地名大系 「田染郷」の解説

田染郷
たしぶごう

和名抄」にみえる郷。国東郡六郷の一。道円本・高山寺本では「由漆」、東急本では「由染」とあるが、いずれも田染の誤記と思われる。郷域はかつら川の中・上流域、現豊後高田市南西部から大田おおた村東部にかけてと推定される。豊後高田市池部いけべ横嶺よこみね地区と上野うえの地区には阡線を同じくする条里遺構が検出される。郷域には宇佐宮の本御庄十八箇庄の一、田染庄が成立する。長寛三年(一一六五)五月日の関白家政所下文(到津文書)では宇佐宮擬大宮司宇佐(益永)昌輔の「田染庄糸永名」の領掌が認められているが、「宇佐大鏡」によれば同じく郷域に成立したと考えられる田原たわら別符は、天喜五年(一〇五七)に紀季兼が宇佐大宮司公則に荒野の開発を申請、証判を得て開発が認められたとされるので、同別符の母体と考えられる田染庄の成立は同時期より早いと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む