大田(読み)テジョン

デジタル大辞泉 「大田」の意味・読み・例文・類語

テジョン【大田】

大韓民国中西部にある広域市。忠清南道の道庁所在地。京釜けいふ・湖南線の分岐点で交通の要地。人口、行政区150万(2008)。たいでん。

おおた【大田】[東京都の区]

東京都南東部の区名。多摩川の北岸にあり、住宅地・工業地。昭和22年(1947)大森・蒲田の両区が合併して成立。人口69.3万(2010)。

おおだ【大田】[島根県の市]

島根県中部、日本海に面する市。市場町として発展し、牛馬市が開かれた。ソバ・ワサビ栽培が行われ、石州かわらを特産。平成17年(2005)10月、温泉津ゆのつ町・仁摩町と合併。人口3.8万(2010)。

たいでん【大田】

テジョン

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精選版 日本国語大辞典 「大田」の意味・読み・例文・類語

おおだおほだ【大田】

  1. 島根県中部、日本海に面する地名。山陰道、備後街道を結ぶ宿場町、牛馬市から発展した商業都市。三瓶(さんべ)山、三瓶温泉がある。西部の大森地区は石見(いわみ)銀山として栄え、鉱山町の町並みが残る。昭和二九年(一九五四)市制。

おおたおほた【大田】

  1. 東京都二三区の一つ。昭和二二年(一九四七)に大森区・蒲田区を合併して成立。旧二区のそれぞれ一字をとって新区名とした。西部は住宅地、東部は京浜工業地帯の一部。東京国際空港羽田空港)、池上本門寺などがある。

たいでん【大田】

  1. 大韓民国中西部の都市。忠清南道の道都。穀物・綿花などの集散地として知られる。テジョン。

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日本歴史地名大系 「大田」の解説

大田
おおた

建久図田帳の八条女院領国富くどみ庄一円庄のなかに地頭平五の所領として大田一〇〇丁とみえる。国富庄は三郡にまたがる大庄園で、大田は宮崎郡に属した。大淀川河口部右岸に位置する大田一帯は、南朝方の肝付氏の勢力と北朝方の伊東氏や土持氏・島津氏の勢力の争奪の地となった。永和四年(一三七八)には伊東祐重・祐安の所領となっていた(日向記)。明徳二年(一三九一)島津元久が日向守護職に任じられると、大淀川から南は島津方の日向進出の拠点となった。応永年間(一三九四―一四二八)から日向に本格的に進出した元久は、まず加江田かえだ城を落して、さらに穆佐むかさ院に久豊を入れ、国富庄の曾井そいの勢力と結び、伊東氏・土持氏らを脅かした(西藩野史)

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改訂新版 世界大百科事典 「大田」の意味・わかりやすい解説

大田[市] (おおだ)

島根県中部,日本海沿岸にある市。2005年10月旧大田市と仁摩(にま)町,温泉津(ゆのつ)町が合体して成立した。人口3万7996(2010)。

大田市中東部の旧市。1954年大田,久手(くて)2町と長久,鳥井,波根東,川合,静間,久利6村が合体,市制。56年五十猛(いそたけ),大屋2村と大森町を編入。人口3万3609(2000)。中心の大田は500年前の牛馬市,鍬市,竹市に始まり,17世紀後半の彼岸市,粕戸市から町を拡大した。近世には山陰道,雲州街道,備後街道の交通の要地として石見国東部の商業中心となり,農産物の集散地であった。中世には石見(大森)銀山で栄えた大森に中心があり,天領として銀山奉行所,のち代官所が置かれていたが,明治以後銀脈が衰え,1939年閉山した。第2次世界大戦後は沿岸の五十猛の石見鉱山セッコウや黒鉱が産出され,また豊富な粘土層に恵まれた南西部の水上地区は,良質の石州瓦の産地として知られる。JR山陰本線が通じ,大山隠岐国立公園に含まれる三瓶(さんべ)山,三瓶温泉,大森銀山史跡を中心とした代官所跡,間歩(まぶ)(坑道)跡,五百羅漢,川合の井戸神社などがある。
執筆者:

大田市西部の旧町。旧邇摩(にま)郡所属。人口4911(2000)。東は旧大田市に接し,北西は日本海に面する。中心の仁万町は近世には石見銀山積出港,物資の供給地となり,西廻航路の寄航地として発展した。町域の多くが山林で,肉用牛の飼育,シイタケ栽培などが盛ん。また仁万漁港を中心に一本釣りを主体とした沿岸漁業や養殖漁業も行われる。日本海岸には鳴り砂で知られる琴ヶ浜などがあり,海水浴磯釣りに訪れる人も多い。山陰本線が通じ,湯迫(ゆざこ)温泉(含重曹食塩泉,29~30℃)がある。

大田市西端の旧町。旧邇摩郡所属。人口4053(2000)。北は日本海に面し,湯里川,福光川が日本海へ注ぐ。リアス海岸が発達し,中心地の温泉津は天然の良港をなし,古くは対朝鮮交通の要地で,江戸時代は山陰屈指の商港で石見銀山の積出港として栄えた。1918年に山陰本線が開通してからは港町としての機能は衰微し,現在は井田地区で産する良質のケイ砂の積出港,地方漁港となっている。福光石(凝灰岩)を使った石材業,石州瓦の生産が行われ,400年の伝統をもつ温泉津焼の特産もある。石見銀山とともににぎわってきた温泉津温泉(含セッコウ食塩泉,46~49℃)は湯治のほかに海水浴,磯釣りなども楽しめる。沖合1kmにある蛇島はウミネコの繁殖地。
執筆者:


大田 (たいでん)
Taejǒn

韓国,忠清南道東部の都市で,韓国の六広域市の一つ(1995年広域市に指定)。忠清南道の道庁もここにある。人口146万3009(2000)。1905年の京釜鉄道開通以後,湖南線との分岐点にあたる交通の要地として商業が発達した。1927年には道庁が公州から移され,行政や教育の面でも地位が高まった。89年に直轄市に昇格,現在は広域市として5区が置かれている。朝鮮戦争によってひどく破壊されたが,戦後は軍事施設が集まり,軍事拠点にもなっている。近年,市内の大徳区に大規模な研究開発団地が建設され,官民の研究所が多数入住している。伝説的な古い歴史をもち,1920年代に大がかりに開発された郊外の儒城温泉(ラジウム泉)から鶏竜山国立公園にかけては韓国有数の観光地となっている。93年大田エキスポ(科学万博)が開催された。
執筆者:


大田(大分) (おおた)

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百科事典マイペディア 「大田」の意味・わかりやすい解説

大田【たいでん】

韓国,忠清南道の道都。六大広域市の一つ。もとは公州の農村地帯だったが,1900年京釜線の開通以後急速に発達し,1913年湖南線を分岐し,1927年に公州から道庁を移転。大田盆地の中心にあり,工業としては紡績・皮革・油脂・ゴム・金属加工など,豚毛加工品も輸出されている。忠南大学はじめ教育機関も多い。1993年には世界博覧会(EXPO)が開催された。現在,跡地は科学技術センター,公園などに利用されている。2004年韓国高速鉄道(KTX)が開業した。郊外の儒城温泉から鶏竜山国立公園にかけては有数の観光地。人口150万1859人(2010)。
→関連項目木浦

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「大田」の意味・わかりやすい解説

大田
おおた

大分県北東部,杵築市北部の旧村域。国東半島のほぼ中央にある。 1954年田原村と朝田村が合体して成立。 2005年杵築市,山香町と合体して杵築市となった。地域の大部分は山林と原野で耕地は乏しいが,米作のほか,ウシの飼育とスモモの栽培が進められている。国の重要文化財である沓掛の田原家五重塔,小野の財前家宝塔,石丸の宝塔 (国東塔) のほか,数多くの石仏などが残されている。沓掛の白鬚田原神社では毎年 10月 17~18日にユーモラスなどぶろく祭が行なわれる。無病息災を祈願したどぶろくを求めて,多くの参拝客でにぎわう。

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世界大百科事典(旧版)内の大田の言及

【美東[町]】より

…人口6496(1995)。山間地で,町の北西部に秋吉台があり,中央部を厚東(ことう)川の支流大田川が南流する。古くから鉱山が開発され,長登(ながのぼり)鉱山は奈良の大仏を鋳造するとき,銅を献上したという伝えがある。…

【忠清道】より

…朝鮮半島中西部の地方で,朝鮮八道の一つ。韓国に属し,行政上は南北道と大田広域市に分かれ,人口は忠清北道(道庁所在地,清州)144万2191,忠清南道(道庁所在地,大田)185万5346,大田市126万8432(いずれも1995)。
[自然]
 地形的にきわめて対照的な東西二つの地域に分かたれる。…

※「大田」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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