田沼意尊(読み)たぬま・おきたか

朝日日本歴史人物事典 「田沼意尊」の解説

田沼意尊

没年:明治2.10.24(1869.11.27)
生年:生年不詳
水戸天狗党に対する大量処刑を指揮した幕末の江戸幕府若年寄。諱は意尊,通称金弥,父は,遠江国(静岡県)相良藩主(1万石)田沼意留。天保11(1840)年7月に家督相続,文久1(1861)年9月14日に若年寄となる。元治1(1864)年8月,水戸藩の紛擾鎮圧を命じられ出陣,紛争の一方の当事者である保守派の市川三左衛門に与し,水戸藩主目代の松平頼徳を自刃させ,天狗党の武田耕雲斎の軍を攻撃。敦賀で降伏した耕雲斎ら350名を斬罪にした。慶応2(1866)年10月,若年寄を辞任。保守的佐幕主義者で,そのことは,鳥羽伏見の戦で幕府軍に参加し明治1(1868)年2月,駿河,遠江で最も遅れて勤王証書を提出したことでもわかる。

(吉田昌彦)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「田沼意尊」の解説

田沼意尊 たぬま-おきたか

1818-1870* 江戸時代後期の大名
文政元年生まれ。田沼意留(おきとめ)の子。天保(てんぽう)11年遠江(とおとうみ)(静岡県)相良(さがら)藩主田沼家第2次3代となる。文久元年若年寄。元治(げんじ)元年天狗(てんぐ)党の乱鎮圧のため幕府軍を指揮,翌年越前(えちぜん)(福井県)敦賀(つるが)で降伏した武田耕雲斎らを処刑した。明治元年上総(かずさ)(千葉県)小久保に転封(てんぽう)。明治2年12月25日死去。52歳。

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