田能庄(読み)たのうのしよう

日本歴史地名大系 「田能庄」の解説

田能庄
たのうのしよう

田能川流域にあった皇室領庄園。嘉禄二年(一二二六)六月二三日の七条院譲状案(東寺百合文書)に「うゑき、あんと、ひのまき、たの、このところところ、ゆつりたふ」とみえ、安貞二年(一二二八)八月五日の七条院処分目録案(同文書)に「丹波国 田能庄法花堂領 可被進宮」とあり、七条院から修明門院に譲られた七条院領であった。永仁六年(一二九八)六月二三日の伏見天皇綸旨(仁和寺文書)により京都御室仁和寺に寄進されており、正和三年(一三一四)七月三日の春宮尊治親王令旨案(東寺百合文書)には七条院領一七ヵ所の一としてあげられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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